墓碑銘

この石の上を過ぎる

小鳥たちよ

しばしここに翼をやすめよ

この石の下に眠ってゐるのは

お前達の仲間の一人だ

何かの間違ひで

人間に生まれてしまったけれど

(彼は一生それを悔ひてゐた)

魂はお前達とちっとも異ならなかった

何故なら彼は人間のゐるところより

お前達のゐる樹の下を愛した

人間の喋舌る憎しみと詐りの言葉より

お前達のよろこびと悲しみの純粋な言葉を愛した

(中略、14行)

ところが現実の方では

勝手に彼が挑んで来た

そのため彼はいつも逃げてばかりゐた

やぶれやすい心に

青い小さなロマンの灯をともして

あちらの観賞の海へ

またこちらの幻想の谷へと

彼は逃げてばかりゐた

けれど現実の冷たい風は

行く先行く先へと追いかけていって

彼の青い灯を消さうとした

そこでたうたう危うくなったので

自分でそれをふっと吹きけし

彼は或る日死んでしまった

(中略、10行)

彼はこの墓碑銘をお前達の言葉で書けない事を

返す返す残念に思ふ

作品紹介
 南吉の養家を訪れると、庭の中隅に置かれた(1)のような石碑に迎えられる。この石碑には「墓碑銘」という南吉の長い詩の出だしの部分が刻まれている。(この言葉は記念館展示室の入り口にも掲示されている)

 この碑の前に立つと、やさしく美しい作品を沢山残した南吉が、あわただしい生活を送っている私達に、ここでちょっと一休みしていってください、といっているような気がして、ほっとする。

 だが、この詩は、ただほっとするだけの作品ではない。この詩は、南吉がその短い生涯の間にかかえた辛く悲しい現実を、色濃く反映している作品なのである。

 昭和10年、南吉22歳の作である。